スキルもコネもない人が、時間と自由を手に入れて、生きがいを見つけるまでの自己紹介
はじめまして。「ヨシケン」です。
このページをご覧いただき、ありがとうございます。
自己紹介です。
私は今フリーランスとして活動しています。
32歳からブログを始めて、
複数のアフィリエイトやインプレッション型広告で安定収益があります。
ブログだけでも300万円稼いできました。
箇条書きで自己紹介を書いてみます。
- 家族との時間が優先できる。
- 嫌な仕事はせず、ストレスフリー。
- 目覚ましを使わずに、毎日8時間以上寝る。
- 欲しい物は値段を気にせず買う。
- 打算無しで会える、経営者の友だちと会う。
- 散歩と瞑想で、メンタル安定しまくり。
- ライブ参戦三昧。海外ミュージシャンでも必ずS席で申し込む。
- 学生時代の友だちに副業のやり方を教えて、0→1突破させる。
- 予定が調整しやすいから、いろんな人と飲みに行ける
- 趣味のギターに200万円以上つぎ込んでいる。
- 老後2000万円問題はクリア。
- 自己研鑽が日課で、発信することがライフワーク。
- もっと稼ぎたいし、もっと成長したい。
- 人生の目標は、経済的な理由で悩んでいる人たちを減らし、日本のGDPを上げる。
1年前には、想像もできなかった生活ができていて、振り返ると驚きです。
でも周りには
会社経営は社員に任せて、自分はやりたいことだけで稼いでる人
自分の事務所で開く懇親会で、副業や独立を後押ししまくる人とか
すごい人がいっぱいいるので、日々勉強中です。
そんな私も、
平凡な人生を歩んできました。
なんにも考えずに、
小学校→公立中学校→高校→大学→中退→ニート→フリーター→就職
みたいな。
なんにも考えなくても、
大学まで行かせてくれた、両親には本当に感謝してます。
恩を仇で返すように中退してますけど、それでも最終的には許してくれてますし。
そんな
学生時代は、ゲームばっかりして、
部活もサボりまくり、でも他に趣味があるわけでもない、
もちろん、彼女もいない。。。
なんにも持ってないのに、
プライドだけはいっちょ前。
でも、何か努力するわけじゃない、
よくある
「俺はやればできるけど、今はやってないだけ」
みたいな感じです。
就職してからも同じ。
でも、勇気も無いから、
怒られないようにサービス残業だけはしっかりやって、
サービス業なので、休日申請も遠慮して土日は仕事で友だちとも遊べず、
会社や世間に不満は言うけど、
なんにもやらずにダラダラ過ごすだけ。
しかも超ケチ。
まぁ、お金ないっていうのもあるんですが。
マックは絶対単品しか頼まないし、
すき家でトッピングなんてしたことありませんでした。
そんな私でも、
今は経済的にも精神的にも、割と安定して生きています。
なので、
そんな人でもなんとかなるんだと、知ってもらった上で、
いまはまだ何もしてないけど
人生を切り開きたいなという方に
このブログを見ていただければと思います。
「生きがいを通じて人生を豊かに」
このブログ
というか私の人生のコンセプトです。
ちょうど独立を考えているときに、
この Ikigai チャート見て、
人生で目指すべきはこれだ!って衝撃受けたんですよね。
「好き」で、「得意」で、「お金」になり、「需要」がある
この4つが全て重なるところが「生きがい-Ikigai-」です。
もちろん生きがいは日本語ですが、
英語では同じ意味の単語が存在せず、
「Ikigai」として、海外で浸透しつつあります。
気が合う人とコミュニケーションをして
お互いの情報や理念を共有し切磋琢磨できて
仕事にもなる。
ネットビジネスって、
まさに私の「生きがい」になるなと。
突き詰めればもっと素敵なことが起こる気がするんです。
そこで、このブログでは、
情報発信のこととか、
稼ぐためのマインドを中心に語ります。
このブログを見るだけでも、
- 知識が身につき
- 稼ぐための思考が身につき
- 行動して結果が出すことができる
ようになります。
特別じゃなかった私が、
実際に学んできたノウハウや考え方を書きまくります。
文字を書いたり、人に伝えて
喜んでもらうのが嬉しいんです。
わたし自身が
ネットを通じて人生を豊かにできたんです。
それに、ポジショントークなしで、
副収入があるだけで、人生って変わると本気で思ってます。
例えば
今の収入にプラスして、
月3万とか5万円が増やせたら、かなり嬉しくないですか?
外食で好きなもの注文できるし
趣味にお金を使えるし、
毎月旅行してもいい
これだけで、かなりメンタル安定します。
さらに、
副業で月20万円くらい収入あれば、
拘束時間が長かったり、
キツい作業ばっかだったり、
ハラスメントがエグい上司がいるとか
そんな会社やめれば良いんです。
体も心もかなりストレス減りますよね。
もしくは
いつでも辞めれるって思えるだけで、心に余裕ができるんですよ。
有給取るのも罪悪感なくなったりとか。
経済的に足りない、という感覚がなくなるだけで、
心が豊かになるんですよね。
あと
世の中は、
経済的な理由で、起きなくていい悲しい事が沢山あります。
例えば、貧困が原因で
苦労した幼少期を送ったり、
犯罪に手を染めてしまったり、
詐欺にあって自ら命を断ったり。。。
日本の自殺とか犯罪が起きてしまうのは
経済的理由が馬鹿にできません。
自殺は健康問題の次に多い動機が、経済問題です。(引用:厚生労働省 原因・動機別の自殺者数の推移 https://www.mhlw.go.jp/content/h29h-1-5.pdf )
今は、
ネットという武器を使えば、
個人でもリスク無しで稼ぐ方法があります。
私自身も救われたこのネットビジネス。
そういう悲しい状態を変えるキッカケになれれば、
と思っています。
人生の目標とか
綺麗事ばっかり言っているようで、うさんくさいかもしれませんが、これも割りと本音です。
そんな
もっと多くの人が
「ネットを通じて人生を豊か」にできるように
という理念を持ってますが、
私の事を知っていただくことで、
発信の内容もよく理解できると思いますので、
私の生い立ちを書いてみます。
小学生時代
幼少期から平凡でした。
まぁ、
田舎で平和だったからってのは良いことかもしれません。
とは言え、私は
- 自己主張がない
- 人見知り全開
- 喘息で運動が苦手
という子どもでした。
2つ上に兄がいるんですが、
その兄の言う事は絶対ですし、
不満に思うどころか、それが当たり前だと思ってました。
遊びに行くにもついていくし、
自分の誕生日プレゼントなのに、
自分が欲しいものじゃなくて、兄が欲しいものを買ってもらうとか。
自己主張が、まぁー無い。
あと、
友だち3人で歩くときは、必ず後ろで1人で歩いてましたね。
これは今もそうかもしれませんが笑
そして、
しっかり人見知りです。
これ、
なぜか覚えているんですが、
母親と一緒にスーパーへ買い物を行った時、
母親がレジの人と雑談してたんですよね。
で、それ見てて
私は「あの人、知り合い?」
と聞くと、母は
「違うよー」
と。
私は
なぜ知らない人と普通に会話できるんだ!!
と衝撃を受けていました。
それくらい人見知りでした。
あと、
その頃から変わっていないことが一つだけあって
なぜか
お金は大好きだったんですよね。
母親が家計簿つけているときに
覗こうとして止められてました。
隠されるから気になるようになったんですかね。
あと
おこづかい制度は無くて、
自分で使える現金というものを持っていなかったんですが、
なぜか、
裁縫の授業で財布を作ってました。
お金を好きになった理由は
なんでかわからないんですが、
お陰でこのビジネスに巡り会えたのもあるかもしれません。
他には、
褒められて嬉しかったことが一つあって、
たしか小学校5年生のときに
クラスに心臓の具合が悪い子がいたんです。
で、
移動教室のときは一緒に歩いてあげたり、
疲れてそうだったら、おんぶしてあげたり、
一緒にいることが多かったんです。
そしたら、
先生はそういうとこを見ててくれて、
「あの子を助けてくれてありがとう」
みたいなことを言ってもらったんです。
あと、保護者面談でも親に伝えてたみたいで、
親からも褒められたんですよね。
それが、
「困っている人を助けると、なんか自分も嬉しくなるなー」
っていう
価値観が芽生えた、タイミングだと思います。
残念ながら、
大人になるまで、この価値観は封印されてしまうんですが
「困っている人を助ける」
という、
仕事にも通じる価値観
を形成するきっかけがあったのが小学生時代です。
暗黒の中学生時代
とは言え、
性格はそんな簡単に変わることはなく、
なんなら、
陰キャ具合に拍車がかかります。
運動音痴からの自信の無さ
って感じですね。
小学生の頃は、
喘息で激しい運動ができなかったので、
運動部に入れるほど
体力に自信がなかったんです。
さらに前年には、
喘息で亡くなってしまった生徒がいたらしく
体育の先生から心配されたりもしました。
運動部に入らないと、
ヒエラルキーの下層になってしまうとは思っていたものの、
ここでは、
先生も心配するくらいだから、運動部には入らない方が良いんだ
という
他責思考のもと、
文化部に入るんですね。
この頃でもまだ兄の影響が強く、
兄が在籍していた
科学無線部
なる、太陽とは程遠い男子だらけの部活に入るわけです。
だから、当然
運動できなくて、自信はなくす一方。
陽キャのクラスメイトに
「運動部に入らないと体力つかないよ。もったいないよ。」
と言われ、
恥ずかしさと悔しさで反論もできず、泣いてしまいました。
彼はぜったい悪気はなかったんですけどね。
今では
全く気になりませんが、
当時はコンプレックスが肥大していくのでした。。。
常に、
人目を気にしながら、目立たないようにする。
でもプライドだけはあるみたいな、
めんどうな中学生です。
私の中ではそこそこの暗黒時代でした。
ただこのときに、
あるキッカケになることを始めます。
高校生の兄がエレキギターを買ってきたんですね。
運動できなくてもカッケーことできるんやんけ!と。
そして、
ヘヴィメタルってのがなんだかスゴイらしいぞってことで、ハマっていきます。
まあ一般的な感覚で言えば、
カッコいいの価値観がズレているんですが(※今でもメタルは大好きです。)
鬼の居ぬ間に洗濯
ならぬ
兄の居ぬ間にギター
を、始めます。
俺も弾きたいっていうのも恥ずかしいし、
買ってもらうのを頼むのも恥ずかしい。
ここでもプライドが邪魔するので、
こっそり触ってました。
あと中学時代の思い出は、
少ないですが友だちはいたので、それは良いことでした。
ちょうどこの前、
その中学時代の友だちに、
「お前がいて助かったよ」なんて言われました。
イジメを受けていたそうです。
私は気づいていなかったので、
普通に接していたのでそれが良かったようで、
この一言だけで、
暗黒というほどでもなかったのかも?なんて思いました。
あとは、目立ったこともなく、
高校受験を迎えるわけですが、
ここでも、兄と同じ高校を選びます。
相変わらず
自主性はまるでありませんね。
ちょっと自信がついた高校時代
しかし、
ここで自主性を少しだけ発揮します。
高校デビューを図ったんですね。
伸ばしまくりの中分けの髪を
短くして、
めがねをコンタクトに変えました。
何がそうさせたのかは、覚えてませんが、
まぁ、
どうせモテたいとかそんな動機でしょう。
そして緩いと噂だったバドミントン部に入ります。
バドミントンってガチでやるとめちゃくちゃキツいんですが、
サボっても怒れなかった、
というか顧問の先生がほとんど現れなかったので。
うまくなるのが目的じゃなくて、
ただ、
運動部に所属している事実だけが必要
だった私には、好都合ってわけです。
そして
学力も中の中なレベルの高校だったので、
ゴリゴリのヤンキーみたいなのも全然いなかったので、
無事、
高校デビューに成功します。
ここで、いろんな意味での人生の転機が訪れます。
中学時代に始めた
エレキギターにもっとハマっていった
んですね。
そこで、
良い転機と悪い転機がありました。
良いことは、
自分に自信がついたんです。
2年生のときにあった音楽のギターの授業で、
周りからちょっとチヤホヤされたんです。
今まで、何もできなかった自分だったけど、
独学で練習したギターが上達してるんだって実感したんです。
今の自分が、
当時の演奏を聞いたとしたら、絶対に下手くそなんですが、
その勘違いも結果として良かったんですよ。
やれば意外とできるんだな
って、
はじめて自分の殻が破れたと言うか、
私の中では
超重要で
考え方の転機
だったんですよね。
上達すると楽しいし、
なんか周りから褒められるし、
自分に自信がつく
自己肯定感が上がるきっかけになったのは間違いないです。
でも
文化祭でもギターを弾いたんですが、
ベースのあいつは女子から話しかけられてて、でも自分のとこには誰も来ない。
「あぁー、みんなわかってねぇなー」
とか本気で思ってました笑
とにかく
このギターでのある種の成功体験が、自信になったんですね。
ただし、
そしてもう一つの
悪い転機でもありました。
この自信が、
根拠もない自信にも繋がったんですね。
相変わらず自主性はないですから、とりあえず大学は行くだろってことで受験します。
でも、
受験勉強を全然しなかったんですよね。
謎の自信だけはあるから、
なんとかなるでしょって思ってました。
無事、国公立の大学に落ちまして、
滑り止めの大学に入学します。
ここで、
結構、挫折を感じてました。
努力してないから当たり前なんですが。
もうひとつ恥ずかしい話しますね。
ちょっと話をさかのぼって、
高校の時に違う学校の彼女ができたんです。
なんですが、
何をしたらいいかわからない出自が陰キャは
何もしなかったんですね。
はい。
で、同じ高校で好きな子ができて振っちゃうわけです。
真面目!エライ!
でも、
その好きな子に告白する勇気はありません。
そして高校卒業を前にして、その好きな子に彼氏ができるわけですね。
失恋ですよ。
じゃあ陰キャが取る行動は一つですよね。
はい、元カノへの連絡です。
ちょうど?元カノは新しい彼氏と別れたタイミングだったみたいで、大学入学前までは会ったりしてました。
なんだけど、大学入る直前くらいに言われるわけです。
「やっぱ、元カレの方が良いわ」
です。
私のお陰で復縁できましたね、
おめでとうございます。
当のわたくしは、失恋したわけですね。
こうして、
少年ヨシケンは受験失敗と失恋の2つの挫折でショックを受けます。
病みました。今となっては可愛いもんですがw
大学〜そして中退
で大学入るわけですが、
滑り止めで入った大学は、
偏差値40以下。
数学とか英語とか、
普通に高校1年生レベルからやるんですよ。
挫折感に浸ってるから
「俺は、コイツらとは違う」とか本気で思っちゃうわけです。
で、そんなふうにひねくれているうちに、
ギターで飯食えた方が良いじゃん
好きなことで飯食えたほうが良いじゃん
って思い始めるわけですね。
悪い転機ですねーw
まだバンドも組んでないし、
ライブもしたことないのに、
入学した年に退学を決意します。
その後、
バンド活動に明け暮れる
わけでもなく、
しばらくは家に引きこもりみたいな感じでした。
でも
ここも人生の転機というか、
ずっと家にいるんで、色々考える時間ができたんですよね。
この頃から本も読むようになって
自己啓発本
資産形成の本
から
失恋の傷を癒やすためにスピリチュアルなやつとか笑
で、
その時たまたま本屋さんで出会ったのが
「ユダヤ人大富豪の教え」
幼少期から好きだったお金と
人の役に立つことを両立している人間が世の中にいるらしい。
というか、
こんな素晴らしい生き方があるのか!と。
ここもまた人生の転機です。
とはいえ、まだまだパッとしない生活は続きます。
フリーター〜社会人
実家で穀潰しをこのまま行うのは、
「ユダヤ人大富豪の教え」に反する
って意識でアルバイトは始めました。
でも、
自主性のなさは相変わらずなので、
アルバイトが忙しいとか言い訳して、
バンド活動も対してしないんですよね。
結局
本気じゃないというか、覚悟が足りないというか。
そのまま流されて、何社か渡り歩き、
正社員登用されちゃいます。
その頃には、
バンドでどうこうとは考えなくなっちゃいましたね。
あと、
バンドマンのお財布事情とか聞こえてきて、
東京ドームでライブしているバンドでも、
メンバーは普通のサラリーマンの給料くらいとか
そこでも、なんか
やっぱ人生の全てを打ち込むっていうほど、バンドが好きじゃなかった
というのが本当のところだと思います。
とは言え、
仕事もしばらく自主的にサービス残業したり。
そういう、
若くて真面目なところは評価されたので、
店長とか任せるようになってきました。
その頃に、結婚もしました。
ところが、
仕事がどんどんヤバくなっていきます。
元々スキルも無いんですから、売上がヤバい。
すると上司から定期的に叱責されるんですよね。
そんで、毎月経営陣がいる会議でも晒し上げられる気分を味わう。
だんだん、
夜眠れなくなってきました。
そんな生活が続き、
次は原因不明の胃痛に襲われます。
病院で検査しても原因不明。
さらにさらに、
高校以降は症状が無かったぜん息が再発します。
メンタルも体調もボロボロになってきます。
なんにも考えずに生きてきましたが、
さすがに、
このままだと人生楽しくない。
でも、
会社やめる勇気もないし、
結婚もしてるからなんとかしないと。
ってことで、
副業として
自分の知識を使ってブログを始めました。
最初は仕事しながら
毎日3時間とかブログ書いて、睡眠時間4時間とかでやってました。
で、
半年くらいで、始めて数十円とかのアフィリエイト報酬が得られました。
時給いくらやねん!って感じですが、
でも、
この「自分の力でお金が稼げた」っていうのは結構デカいです。
さらに頑張って続けて、安定して稼げるようになりました。
すると、
経済的に余裕が出てくると、
メンタルも安定してくるんですよね。
物買ったり、旅行いったりもできるようになってきますし。
ただ、
会社を辞めるってことまでは考えてませんでした。
まぁ、
これはこれで不満がないからなと。
悪く言えば、
自分の本当の願望を見て見ぬふりしてたわけです。
退職から独立
ところが仕事を辞めるキッカケが生まれました。
妻がうつになったんです。
最初に鬱って診断された時は、
「すぐ休んで、
それでもダメだったら仕事辞めてしまえ」
ってすぐに言いました。
その時、
わたしは本業で手取り20万しかありませんでしたが、
ブログでも月5万くらいは収益あったので、
生活できないことはないだろうって思えたんです。
でも、
もっとブログがんばらんとアカンな
と思って作業時間増やしたんですよね。
そうすると、
夫婦間の会話が減ったり
さらに
自分でも酷いと思うんですが、
夜中まで眠れなかったり取り乱す妻を見て
「こっちは明日も仕事なんだよ」
って、
イラ立ってたんです。
さすがに言葉にはしてませんが。
でも、
そのとき冷静になって考えたんですよ。
いま自分がやってることって
自分の人生の優先順位が
仕事 > 家族
に、なってるんじゃんって。
そういう価値観の人を否定しませんが、
自分はそうじゃないって思ったんです。
ここで、
今までの固定観念が破壊
できたんですよね。
なんとなーく学校行って
なんとなーく受験して
なんとなーく就職して
だってそれが当たり前で、
親も望んでたし、
考えたこともなかったんです。
いや、
正確には
勤めないなんて
リスク高すぎて
自分にはムリだって
考えないようにしてました。
だって怖いもん。
でも、
妻がうつになって
この生活をしているときに改めて考えて
会社で自分の代わりはいるけど、
夫の代わりはいないぞと。
そこで
夫婦の時間を犠牲にするのは違うな
ってなって
どんな生活サイクルでも
妻を支えることができて、
好きな旅行に連れていけば
改善の一因にもなるだろうし、
経済的に貧しくもならないように
できた方が良いだろうと。
収入が必要だから、
本業と副業のために
二人の時間を削って
ストレスは我慢するって
やってることが、めちゃくちゃです。
がんばるところ違うだろうと。
自分と家族の幸せを実現できるようにがんばれよと。
全部満たせる方法がフリーランスだと思ったから、退職を決意しました。
もうひとつ
決断できた理由に
いまこの選択を取らずに、
10年後に何も改善してなかったら、絶対に後悔するだろうな
というのもありました。
元々
副業でブログ収入があったから
個人で稼げないっていう
マインドブロックが取れてたのも良かったです。
で、
会社辞めて、
沖縄行ったり、東京行ったり、
毎月旅行しまくりました。
まさに、人生の夏休み。
イライラもほぼ無いですね。
やっぱこの生活を続けるために
がんばろうと新たに決意します。
ネットビジネスとの出会い
それからは時間はあったので、
会ったことはないのに厚かましく、
経営者とかいろんなビジネスをしている人たちのところに突撃して
いろいろ話を聞きまくりました。
メディアが情報操作するお金持ちって、嫌なヤツが多いですが、
なんか、
現実ではそういう方々は徳が高いから、
私のようなよくわからない人と会って、
お話しもしてくれるんですよね。
そこで、
初めてコンテンツビジネスをしてる方に出会ったんです。
その人自身、
実業もしててネットビジネスもやって、
どっちもしっかり成功してるし、
最近は、
やる気ある人にはコンサルもして、ドンドン実績出しているクライアントを量産してると。
なんという世界なんだと、興奮しましたね。
ブログも価値になってて良かったけど、
コンテンツ販売って、すげー全力で価値提供してるなと。
ブログで月100万とか目指すと、
好きじゃないけどやらなきゃいけないことも増えてきます。
やらなきゃよりも、やりたいことでやりたい。
ここで冒頭の「生きがい」の考え方も出てきます。
コンテンツビジネスってうさんくさい界隈だけど、
真摯に価値提供して、
多くの人の役に立っている人もいて、それだったらやりたいと思えたんです。
ブログアフィリエイトは孤独でがんばってたし、今もやってるけど、それは趣味で良いかなと。
さらに
ビジネスの展開を考えたときに、
マーケ極めたら、さらに幸せなのではと。
ネットでのコンテンツビジネスって、
あらゆるビジネスの基礎
- 認知
- 集客
- 教育
- 販売
を網羅的に学べるんですよね。
これできたら、
食いっぱぐれないって明確にイメージできたのも大きかったです。
そこで、
やる気が出て自分でやってみるんですよね。
ところが、
旅行三昧で
人生の夏休みをガッツリしていた私は、
持ち前の怠けグセで作業がはかどりません。
「根性でやる」は基本的にムリだとわかってるので、
そこで、
その方にコンサルお願いして、
大金払うことで、やらない選択肢を消しました。
結果、
2ヶ月以内に、自分の商品を作って販売することができたんです。
これを突き詰めたら、
人生の目標、生きがいが達成できることが確信に変わりました。
情報発信の仕事が、
「時間やお金の自由ができて」
「人のための仕事ができる」
多くの人が
「ネットを通じて人生を豊か」にできるように、この仕事を続けていきます。
ここまで長文(約9,000文字!)も読んでいただき、ありがとうございます。
もし、情報発信、ネットビジネスに興味が出てきていたら連絡ください。
こんなに文字が読める方は、素質ありありです。
あと、感想なんかもTwitter Xとか、LINEでいただけると嬉しいです。
それでは、また!
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